2019年度西条YEG会長だった人のブログ

西条YEG 第38代会長・第38回四国ブロック大会西条大会、実行委員長だった高瀬裕介です。時計・宝飾・メガネのタカセを営んでおります。気楽に書きたいと思います。

四国ブロック大会西条大会④

年度が変わり、

本格的に始まるはずだったPRキャラバン。

その出鼻をコロナウィルスに挫かれる。

感染が拡大し、

警戒レベルが上がりキャラバンは全て延期。

実行委員会も再度ZOOMで開催と、

今年度もコロナウィルスに振り回されることになると再認識することになる。

PRキャラバンも現地に拘り、

各単会全て現地に行きたかったが、

それは叶わず、

ZOOMでのキャラバンが多くなる。

 

が、

そのZOOMキャラバンも楽しめるのがYEG。

それなりに交流も出来たし、

西条YEG内での交流にもなった。

いくつかは行けた現地でのPRキャラバン、

宿毛宇和島阿波池田・高知・須崎・八幡浜

ほとんどのキャラバンが非公式な感じでの訪問になったが、

それはそれは最高で、YEGらしい時間だった。

キャラバンから西条へ帰ると深夜2時なんてこともあり、

参加したメンバーには負担になったと思うが、

それ以上の経験が出来た。

これは間違いない。

この何回かの現地でのキャラバンは、

みんなの一体感、共通の思い出をつくのに本当に助けられた。

招いてくれた単会には感謝しかない。

式典のリハリハも無事に終えて、

いよいよ近づく西条大会。

ただ、世間の状況は良くなる感じもなく、

「西条大会はすべてリアルで開催」

この目標の達成が危うくなってきた雰囲気の中、稲見ブロ代から出てきたのが、

「延期案」

 

西条大会は延期は絶対にしないと、

日本YEGで稲見ブロ代が、

実行委員会で私が言い続けていた。

そんな中、

延期をする可能性が出てきた。

四国ブロック大会西条大会③

「西条大会はリアルで全部やる」

丸亀大会に参加して、

より強く思うことになった。

丸亀YEGさんが必死で繋いでくれたバトンを最高の形で次に繋ぐんだと。

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私自身も、馬場実行委員長から重たいバトンを受け継いだ。

ただ、馬場君のあの開催宣言、

この人の後の実行委員長は大変だ、

このコロナ禍で、やりきった丸亀YEGさんの後は大変だと。

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実行委員長は俺で本当に大丈夫か!?

と、凄いプレッシャーに押し潰されそうになっていたのは覚えている。

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そして再度動き出した西条YEG、

毎月開催した、部会長会に実行委員会、

「絶対に聞きたい人以外の講演会はやめよう」

「分科会は全て開催地テーマの原点を感じるものにする」

「WEB返礼品は西条らしいもので、何種類も選べると楽しいから準備する」

「おもてなしに多くの予算を」

全てが開催地テーマ、

「原点 ~楽しくなければYEGじゃない! 本気で交流 西条流~」

これに沿っているかどうか。

各部会の仕事も明確に見えてきて、

分科会も大まかに見えてきた。

あと、西条YEGが恵まれたのが、

西条市、親会が前向きに応援してくれたこと。

これは勇気づけられた。

 

そして次の山、

四国ブロック役員会などの諸会議。

丸亀年度の最後の役員会、

設えは西条YEGで西条市での開催、

失敗するわけにはいかない。

津島部会長率いる諸会議部会を中心に、

ハイブリッド対応の準備が進む。

諸会議部会の「誰が不在でも対応可能な状態にする」という言葉通り、

各自が誰かに任せるのではなく、

自分から動く。

本当に頼もしかった。

担当した諸会議部会を中心に、

西条大会にむけて、

各自に少しずつ火が入り始めた感覚を持った。

 

いつだったか、

馬場実行委員長に言われた言葉、

「高瀬さん、メンバーに多くを求めてはダメ。実行委員長や部会長のようなテンションにはならないよ。ただ、頑張っているうちに必ず助けてくれる。最後は火が入るから、そこに注力しないように。」

これを思い出す。

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そして、

いよいよ稲見、徳田年度が始まり、

西条YEG主管の年度が始まった。

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四国ブロック大会西条大会②

実行委員長として、

2019年の年末に実行委員会の立ち上げ準備委員会を開催し、

ざっくりと今後の進め方を決めた。

が、ある程度は例年通りな部分がある単会の会長職と違い、

どう進めていいやら全くわからない状態だった。

そして、

2020年2月に第1回実行委員会を開催。

西条での開催が約30年ぶりで、

全てが手探り、何から協議していいかも分からない状態。

大会規模は?予算は?目標登録数は?会場は?

私自身が西条大会の全体像を描けれてなく、

ゴールが見えていないので、実行委員会の進め方も悪く、

明らかに意見のまとまらない実行委員会。

 

そして、

「コロナウィルス」

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自身の会長職が終わり、白石会長年度に入り、

第2回、3回目はZOOMでの実行委員会を開催するが、

コロナ禍で単会運営自体がストップしている状況、

私含めて、遥か先に感じていた西条大会の協議に気持ちが入りきらず、

手ごたえの得られない時間。

このままでは絶対に上手く進められないと思い、

相談しようと部会長を集めた会で、

「実行委員長、方向性が見えん」

「実行委員長のやりたい大会がわからん」

「誰が仕切るん?」

「一度、ブロ代と大会会長と話し合って、誰が旗を振るか?きっちり決めてほしい」

正にその通りだった。

たぶん、私の「覚悟」みたいな物が足りなかったんだと思う。

稲見君、徳田さんと多くの言葉を交わし、

時には意見をぶつけあった。

そこで3人の役割も決まり、

ぼんやりと西条大会の目標が見えくることになった。

 

その過程で、

私に一任された大会スローガンも決まった。

「原点」~楽しくなければYEGじゃない!本気で交流、西条流~

このスローガンに何度も助けられるとは、

この時は思いもしなかった。

そして、

最初の山を丸亀大会でのPRに設定し、

進めていくことに。

広報の藤原部会長と相談しながら横断幕、のぼりなどが出来上がり、

丸亀大会で使うPRビデオ撮影をし、PRの練習をするうちに、

徐々にだが実感がわいてくる。

そして迎えた丸亀大会、

丸亀大会を経験することによって、

私含め、部会長以上のメンバーのスイッチが入った。



 

四国ブロック大会西条大会①

2018年度、

加藤会長のアイデアで経験豊富な玉井さんを室長にして、

ブロック代表選出などを協議する「特別室」が設置され、

ブロック代表や大会会長、実行委員長の選出について協議が始まった。

時間的・金銭的に非常に大きな負担と、

四国のトップとしての責任を背負って貰うブロック代表理事や、

大会の方向性を決める要職の人選。

そんなに簡単に決まるわけなく、加藤会長年度では何となくの方向性は決まってきたが、正式には決まらなかった。

私含めて、三役のメンバーにもちろん焦りはあったが、

本当の危機感は無かったのかもしれない。

私が会長職をしていた2019年度、

四国ブロック関係を藤田副会長と曽我委員長が率いる「わらしべ委員会」に任せた。

後から考えると、この2人の人選が良かったと思うが、

それはまだ先の話。

わらしべ委員会を中心に数多くの話し合いを公式・非公式に、

大勢で、また少人数で開催した。

本当に多くの時間を使って協議した、

協議というか言い合いにもなったし喧嘩にもなった。

人選について進め方など反省点も多いが、

あの当時は自分が思う正義を貫き通すしかなかった。

そして、

本当に本当に本当に苦しみぬいて、

多くのメンバーに迷惑を掛けながら生まれた、

「稲見四国ブロック代表予定者」

「徳田大会会長予定者」

「高瀬実行委員長」

まさか自分が実行委員長になるとは思ってなかったし、

正直大変になったと内心ビビりまくっていたが、

約2年かけてようやくスタートラインに立つ準備が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の思い出

YEG活動で多くの経験をし、

数多くの思い出があるが、

暑い夏が来ると思い出すことがある。

 

2019年8月7日

あの日、会長として大きなことを決断し、

当時の三役の事業所に足を運んだり、

電話をした。

 

本当に本当に苦しくて、

その責任から逃げ出したくて、

誰か代わりに決断してほしくて、

でも立場上そんなことは無理で。

 

その日のことを強烈に覚えていて、

なのにあまり詳細は覚えていない。

あの日から、

僕の四国ブロック大会西条大会は始まったんだと思う。

大会後には振り返る気力も無く、

既に忘れている部分も多くなってきているが、

西条大会の実行委員長としての過ごした日々を、

記録代わりに時々書いていこうと思う。

 

何でも経験した方がいいはず

所属委員会「新しい風委員会」は9月例会が担当で、

今回はお金の話をする予定。

担当は寺町副委員長と玉井さん。

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委員会で色々と意見が出たが、

今回は法人ではなく個人のお金を増やす、

その選択肢を勉強する。

 

委員会メンバーも、

既にNISAやiDeCoをしていたり、

知っているが何となくしていないなど色々である。

 

今年のスローガンは「挑戦」、

全くやったことが無かったので、

とりあえず証券口座の開設も終わり、

少額だが始めてみている。

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こういった例会や委員会事業をきっかけに、

なんでも自分で経験してみないと、

実際のところ、わからないと思うので。

 

というわけで、話が長くなりましたが、

人生初ギブス生活楽しみます。

何でも経験!

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でもね

今年度、

西条YEGの会長は石川会長

そう、女性会長である。

今の時代だと、

わざわざ「女性会長」と言うと怒られるのかもしれないけど。

その石川会長が何かの挨拶の時に会員を増やしたい、

女性会員を増やしたいと話していた。

会長をしていた時に、

全国会長研修会で茂原YEGの女性会長が飛躍的に女性会員を増やしたと発表があった。

名刺交換にいったが既に長蛇の列、残念ながら交流は出来なかったが、

笑顔の素敵な方でした。

若手女性経営者が活躍! 他の団体会員数が減少傾向にあるなか、驚きの5倍増 茂原YEG成功の秘訣、“経営女子会”とは | 日本商工会議所青年部のプレスリリース (dreamnews.jp)

 

僕が委員長の時に、「YEG女子会(嫁様の会)」と称して

会員の奥様や、YEG未加入の女性経営者を招いてランチミーティングを開催した。

今見ると、なかなかクセの強いメンバー・・・。

今の時代、「女性の目線で」「女性ならでは」などと言うと噛みつかれる可能性もあり、色々と気を使うが、女性メンバーを増やしたたい場合は、

「女性」に特化した何かをしないと増えない。

 

頭の固い私にはアイデアが浮かばないけど、

今年度そんな事業が生まれるといいなと思う。

誰かよろしくお願いします。