2018年度、
加藤会長のアイデアで経験豊富な玉井さんを室長にして、
ブロック代表選出などを協議する「特別室」が設置され、
ブロック代表や大会会長、実行委員長の選出について協議が始まった。
時間的・金銭的に非常に大きな負担と、
四国のトップとしての責任を背負って貰うブロック代表理事や、
大会の方向性を決める要職の人選。
そんなに簡単に決まるわけなく、加藤会長年度では何となくの方向性は決まってきたが、正式には決まらなかった。
私含めて、三役のメンバーにもちろん焦りはあったが、
本当の危機感は無かったのかもしれない。
私が会長職をしていた2019年度、
四国ブロック関係を藤田副会長と曽我委員長が率いる「わらしべ委員会」に任せた。
後から考えると、この2人の人選が良かったと思うが、
それはまだ先の話。
わらしべ委員会を中心に数多くの話し合いを公式・非公式に、
大勢で、また少人数で開催した。
本当に多くの時間を使って協議した、
協議というか言い合いにもなったし喧嘩にもなった。
人選について進め方など反省点も多いが、
あの当時は自分が思う正義を貫き通すしかなかった。
そして、
本当に本当に本当に苦しみぬいて、
多くのメンバーに迷惑を掛けながら生まれた、
「稲見四国ブロック代表予定者」
「徳田大会会長予定者」
「高瀬実行委員長」
まさか自分が実行委員長になるとは思ってなかったし、
正直大変になったと内心ビビりまくっていたが、
約2年かけてようやくスタートラインに立つ準備が出来た。