2019年度西条YEG会長だった人のブログ

西条YEG 第38代会長・第38回四国ブロック大会西条大会、実行委員長だった高瀬裕介です。時計・宝飾・メガネのタカセを営んでおります。気楽に書きたいと思います。

四国ブロック大会西条大会⑥

延期が決まって、実はホッとした気持ちがあった。

広報関係や、返礼品、大懇親会など多くのことが、

遅れ気味だった。

これは部会長や各部会のせいではなく、

私のスケジュール管理や指示が悪かったせい。

延期をキッカケに、

再度スケジュールを練り直し、

各部会に担当事業を進めてもらった。

私自身も予算を再度練り直し、

何回も何回も収入と支出の計算をした。

ただ、おもてなしに力をいれるため、

どう計算してもちょい黒字かそこそこの赤字になっていた。

この予算に関しては、

めちゃくちゃ不安だった。

8月以降は昼夜を問わずに、連日の会。

各部会は単会の活動もしながらで、

本当に忙しかったと思う。

部会長の5人には、かなり仕事を丸投げして頼ってばかりで、

本当に負担を掛けた。

何かあるたびに招集して、会をしていないと不安でしょうがなかった。

 

そんな中、全国のブロック大会が始まっていく。

トップバッターは網走大会、

完全オンラインとなった大会をネットで視聴した。

他のオンライン開催となったブロック大会もそうだが、

挨拶するメンバーの熱い言葉がたまらない。

その度に、西条はやるんだ。

絶対にリアルで全部やるんだと、

エネルギーをもらった気がする。

西条大会のある12月は登山が危険ということで前倒しでの開催となった、

石鎚登山分科会が11月3日に

晴天の下、開催された。

多くの単会から登録して頂いたが、

この分科会は岡山YEGと中津YEGに勢いを付けてを貰った。

この分科会がキッカケで、

2単会とは繋がっていくことになるが、

それは大会後の話。

登山分科会の成功は、

西条YEGメンバーに、何より私に、

「よし!西条大会本番も絶対成功出来る」

そう、勇気をくれる分科会となった。

企画し、色々と段取りをし、

当日は重たい荷物を1人で運び、

大活躍の曽我部会長には感謝しかない。

また、

西条以外で現地開催出来たのが豊田大会。

規模はかなり縮小しての開催だったが、

やはりリアルは面白い、それをしっかりと確認出来た。

寺田ブロ代や山下実行委員長が、

「次は西条さんですね!必ず行きます、西条で会いましょう」

そう言ってくれる。

豊田大会は、我々の背中を強く押してくれた。

その帰路の途中、Yランドリーグで全国優勝し、

勢いを貰い、大会本番まで毎日休みなく会が続いた。

会の合間を縫って、

多くの作業もこなす。

前回の県大会西条大会での経験を活かし、

西条YEGらしく作れるものは自分たちで作ってみようと、

パーテーションなどはメンバーの工場をかりて、

自作したのも、いい思い出。

 

こういった作業などに時間を割いて出てくることで、

いつもとは違う話をする中で、

仕事の気づきもあったり、信頼関係も生まれてくる。

 

YEGは卒業がある。

限られた時間の中で、各事業などにどれだけ参加出来るかで、

卒業する問までに得られる物や仲間の数は全然違ってくる。

このコロナ禍だからこそ、そこを伝えていきたい。

 

振り返れば、

花山会長年度の松山大会の時に、

西条大会のために多くのメンバーで参加して、

四国ブロック大会の現場を見ようと花山会長がメンバーに伝えた。

そして、

加藤会長年度から計画してきた四国ブロック大会西条大会。

ここまで本当に長く苦しい道のりだったが、

振り返ると、あっという間な気もした。

いよいよ西条大会本番である。